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小説メインHPです!=暗黒神剣のHP

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その手に掴むモノ


 朝目が覚める。
 「うん、今日も良い天気だ」
 窓から差し込む光は堪らなく眩しい。
 昨日の夜更かしが影響しているのかもしれない。
 ちょっと興味深い本を図書館で見つけて、そのまま家に帰って読みふけてしまった。
 「うーん、本を読むのもほどほどにしないと」
 これでは身体の方が先に根をあげてしまう。
 もっと健康な身体に生まれれば話は違ったかもしれない。
 見るからに細い身体。
 身長も高校生では平均くらい。
 腕力は…全然ない。
 遺伝でそうなのか、もとから筋肉の付きにくい体質なのか。
 僕には全くといっていいほどに筋肉がない。
 「まあ、僕は…本を読むだけだし気にしないでおこう」
 幸い部活とか、格闘技はしてないので改めて気に病む必要はない。
 本当は…してみたい。
 自分の力で相手を倒すという事を。
 「って僕の力じゃ永遠に無理かな」
 想いを馳せるのはここまでにして起きよう。
 ベットから起きるとパジャマから制服に着替える。
 だいたいは昨日寝る前に準備していたので鞄を持つだけで良い。
 こういう事は前もってするのが肝心。
 「さあ、下に降りよう」
 時刻は7時半。
 いつもより少し遅い目覚めみたいだ。
 「ああ、起きたの?」
 忙しそうに台所を歩き回る。
 どこか不機嫌な表情は全くいつもと同じ。
 「姉さん、今日も忙しいみたいだね」
 「分かるか、弟よ!!」
 僕とは正反対に元気が有り余るこの人は実の姉。
 運動に向かない僕とは違い運動神経は抜群。
 部活では賞を貰えるほどの実力を持っている。
 ちなみに、陸上で短距離選手。
 確か…未だに記録は破られていないとか。
 「弟って言っても、後から出たか先に出たかの違いでしょ?」
 「まあ、そーなんだけどね。でも私はあんたの姉で、あんたは弟。これは変えられない事実なのさ」
 「それより朝ごはん作ってるの?」
 今姉さんはエプロンを着てフライパンと格闘中。
 察するに相手は目玉焼きかな。
 「僕が作ろうか?」
 「いや、これぐらい出来ないとお嫁に貰えないから…頑張る」
 よっとフライパンを器用に扱う。
 端から見たら凄く様になっている。
 どこにも抜かりはないんだけど…。
 出来上がるのは…真っ黒な炭。
 「あ~、また…やっちゃった」
 ガックリと肩を落とす。
 この状況で落とさなかったらある意味凄いけど。
 「今日も負けたね。勝敗は…154戦154敗…全敗」
 「それは…言ってはいけない事でしょうが!」
 何でも出来る姉さんの唯一の弱点それが料理だった。
 大抵完璧に物事をこなす人は料理とか家事が苦手な事が多いって本に書いてあった。
 残念な事に姉さんも例外じゃないって事みたい。
 「じゃあ、僕が代わるよ。姉さんは、そこで皿並べてて」
 「あい。言うとおりにしてますよ」
 トボトボと何かの試合で負けたかのように、その背中には哀愁が漂っていた。
 「女の子で料理が出来ないと…辛すぎるからね」
 必死になるのはわかるけど、レシピも見ずに作るのはそろそろやめといた方が良いと想う。
 まあ、言った所できかないのがわかってるから言わないけど。
 「出来たよ」
 考えてる間にフライパンにはハムエッグが出来ていた。
 それを用意しといたパンの上に乗せる。
 これで我が家の朝食の完成。
 「姉さんは、いつものコーヒーで良い?」
 「うん、思いっきり濃い奴ね」
 一緒に沸かしていたお湯をカップに注ぐ。
 僕の方は普通のブッラク。
 姉さんは思いっきり濃いコーヒー。
 これじゃないと眠くなるらしい。
 「はい、どうぞ」
 「あんがと、じゃあ早速いただきます~」
 「じゃあ、僕もいただきます」
 手を合わせて食事にする。
 うん、今日も上手く出来た。
 パンとハムエッグが絶妙にマッチしている。
 もう少し胡椒を入れても良いかな。
 そんなこんなで朝食を食べ終わった。
 「じゃあ、私は朝練行くから戸締り頼んだよ~」
 「いってらしゃい」
 その声が届く前に姉さんは元気に走って行ってしまった。
 やる事もないので居間でのんびりする。
 今が7時45分。
 家を出るのが8時15分。
 約30分もある時間を今は持て余している事になる。
 「ふぅ…相変わらず…目玉焼きも出来ないのか」
 何故か炭になるまで目玉焼きを焼いてしまう。
 何度注意しても上の空で聞いていない。
 こうなってくると一人で朝ごはんは作れない。
 そこで僕が作っている始末。
 本当ならもっと寝ていられる筈だけど文句を言っても仕方がない。
 僕と姉さんしかいないんだから。
 「今頃何してるのかな?」
 子供を置いて海外に出張に出た両親。
 本当は父さんだけの単身赴任だったのにどういうわけか夫婦で行ってしまった。
 「もう子供じゃないんだし大丈夫」
 それが二人の見解だった。
 新婚夫婦のように毎日仲の良い二人は結局一緒に行ったのだ。
 ちょうど僕達が高校2年になったのを機に海外に行ったというわけで。
 「こんなに苦労するとは思いもよらなかったな」
 当初二人がいなくなって僕達は喜んだ。
 自由という言葉が当てはまるような喜び。
 特に姉さんは一晩中はしゃいでいた。
 これで何もしなくても良いと思ったに違いない。
 ところがそんな期待も数日の内に絶望に早変わりした。
 まずは食事。
 次に掃除。
 最後に洗濯。
 この問題が僕達を大きく悩ませるのだった。
 今までは当然に出てくる食事は二人になってからは出てこない。
 部屋は汚れる一方で。
 着る服はどんどんなくなっていく。
 ここにきて初めて両親のありがたみを感じたのだが時既に遅し。
 結局分担で作業する事になった。
 「あれ…もう出る時間だ」
 壁に立てかけてある時計はちょうど8時15分。
 「いつのまに、こんな時間が経ったんだろう?」
 そう疑問に思いながら戸締りの点検をして家を出た。
 「さあ、今日も頑張ろう」
 ギラギラと地面を焦がす光を手で遮って足を踏み出した。

 学生や社会人で賑わう通学路。
 比較的学校から近い僕の家は登校面では凄く助かる。
 でも、こういう得はちょっとした油断で足元をすくわれるから気をつけないと。
 学校からの一本道を通って歩く。
 横には木が一杯植えられており、道の最後まで続いている。
 「神藤君~~」
 後で声が聞こえた。
 それはいつも聞いている声なんで立ち止まる事にした。
 「はぁ、はぁ、追いついた~。今日も早いね」
 「うーん、早いのかな? これが普通何だけど」
 「予鈴15分前に座るのは十分早いと思うよ」
 「そうなのかな~。でも、正木さんが言うなら、そうかもしれないね」
 そうだよ~と笑顔で答える少女。
 正木美香。
 高校からの友達で良く会えば話すクラスメート。
 数少ない気軽に話せる女の子でもある。
 「それより、雪希は相変わらず部活なのかな?」
 「ご想像通り相変わらず部活だよ」
 「そりゃまた、精を出すな~。私は朝辛いからパスしてるのに」
 そう正木さんも姉さんと同じ陸上部の筈だ。
 こちらは幅跳びのエースで記録保持者でもある。
 うちの陸上部はこの二人の力で持っているという声もあるのだから不思議だ。
 練習好きの姉さんとサボり癖のある正木さん。
 二人はライバルでもあり親友でもある。
 だからこそ僕にも話しかけてくれるんだろう。
 たいした会話もなく下駄箱に着いた。
 「それじゃあ、またね~」
 手をブンブンと振りながら正木さんは自分のクラスの下駄箱に行ってしまった。
 僕も靴と上履きを履き替えて教室に向かう。
 「神藤くん、おはよう~」
 「おはよう、志村さん」
 「はよう、神藤」
 「おはよう、牧村君」
 何人かのクラスメートに挨拶をする。
 教室に入ったのが30分。
 予鈴が鳴るのが45分。
 自分の席に座り鞄を置く。
 「さて、続きを読むか」
 いつもの空いた時間で読む本。
 それは僕にとって幸せな時間。
 本を読んでいる間は僕という神藤鳴海ではなくなる。
 まるで物語の主人公のように感じられるから。
 今読んでいるのは。
 "闇穿つ者"というファンタジー小説。
 世界を恐怖に陥れる魔王を打ち倒す少年の物語。
 この小説の特徴は主人公が剣士でないということ。
 光り輝く魔の剣をもって魔物を打ち倒すという冒険物語の王道ではない。
 では魔法使いかと聞かれれば、これも違う。
 そう少年は弓使い。
 射撃手だった。
 仲間の援護に徹して自らを出そうとはしない。
 絶好のチャンスを作りそれを仲間に任せる。
 一見地味のようでなくてはならない者。
 僕は、この主人公が好きだった。
 他の小説に出てくる剣を持って戦う勇者も好きだけどこれは別格。
 自分は、そんな勇者のようになれはしない。
 人々を率い、勇敢に立ち向かう。
 確かに僕にはまねできないけど。
 ただ弓使い。
 この生き様に憧れをもった。
 人のサポートに徹する生き方。
 もし、僕がこの世界に居たなら間違いなく弓使いになってるだろう。
 昔父さんに薦められて弓を引いた事がある。
 力が無くとも出来る筈だと言われた。
 だけど実際は力がいるという現実をまざまざと見せ付けられたのを覚えている。
 今は読書が優先で長いこと引いた覚えがない。
 「えっと、確か…このへんだったかな」
 勇者であるマーヴェンが魔物を仲間と一緒に倒す場面だ。
 マーヴェンは仲間の剣士に指示を与える。
 もう一人の魔術師にも攻撃の指示をするのも忘れない。
 自らは少し離れたところで陣取る。
 手に持つのは弓。
 ただ普通のとは違う武器。
 遥かなる太古の時代に神が使っていたとされる弓だった。
 「よし…大丈夫だ。いける…絶対に外しはしない」
 マーヴェンは自分に問いかける。
 弓使いの敵は相手ではない。
 本当の敵は自分。
 まずは自分に勝てないと弓すら持つことはない。
 ゆっくりと弓を手にかけ固定する。
 狙うのは魔物の手。
 武器を持つ手を狙う。
 "我貫きし 破滅の流星"

 手に持つ弓に矢が握られる。
 これは力を必要としない弓。
 己の精神力で放つ神器。
 手から光の矢。
 軌道は描いた通り。
 イメージに沿って飛んでいく矢。
 そして矢は見事に魔物に命中し、仲間の剣士が打ち倒した。
 集まってくる仲間。
 それを迎えるマーヴェン。
 仲間の一人が質問した。
 「どうして、自分で倒さないのか?」
 マーヴェンの力なら一人で魔物を滅するのは簡単だ。
 それほどまでの力を彼は持っていたから。
 僕もそれは気になった。
 たった一人で敵を倒せるのに何故仲間が必要なのか。
 自分で出来るなら他人に煩わせてはいけないと思うし。
 だけど僕の考えとマーヴェンの考えは違っていた。
 「僕が…一人で魔物を倒せるのは君達がいるからだよ」
 前方は剣士が、後方は魔術師が護ってくれる。
 だからこそ自分は安心して撃てるんだとマーヴェンは言った。
 「でもね、僕が絶対魔物を倒せる保障はないんだよ。確かに魔物を討つ力はあるかもしれない。だけど、それは絶対じゃない。
 絶対じゃないのに、それを信じて一人で戦って死んだら誰が世界を救うんだ? 僕達には、そんなことは許されないんだよ」
 仲間の剣士は自分の言った過ちに気付いた。
 自分達の肩には、沢山の人の想いが込められている事に。

 「神藤、起きてるか?」
 何か肩に重いものが乗っかってきた。
 「読書の邪魔はしないでくれ」
 「折角、俺が早起きして挨拶しようと思ってるのに無視はないだろう」
 読んでいた本を閉じる。
 その行為に満足したのか目の前の少年は改まって挨拶してきた。
 「おはよう、神藤」
 「おはよ、鮫島」
 鮫島健。
 僕の小学校以来の友人。
 何故かずっと同じクラスで、今までやってきた。
 まさか鮫島も僕と同じ高校にくるとは思いも寄らなかった。
 こうして僕達はまた同じクラスで勉学に励んでいる。
 「鮫島、改まってどうかしたのか?」
 「おう、今朝は雪希さんを見なかったから機嫌が悪いんだよ」
 どうりでいつもはしない挨拶をしたんだな。
 まあ、機嫌が悪いときにしか挨拶をしないのはどうかと思う。
 「姉さんなら、今日は朝練で早く出たからな。会えなくて残念」
 「そうか、朝練が…あった。道理で校門にいても会えないわけだな」
 こいつ、わざわざ姉さんに会う為だけに校門にいたのか。
 よくやるよ、全く。
 「まあ、教えてくれて助かった。今日の昼飯ぐらい奢ってやるよ」
 「ふーん、やけに気前が良いな。何か裏があるんじゃないか?」
 疑いの目で悪友である鮫島を見る。
 「ギクッ…な、何にもないぞ。たまには人の好意を受けてれってんだ」
 明らかにおかしい。
 普段のこいつはもっとがさつで無神経で自分以外どうなろうと関係ないって奴なのに。
 小学校からの付き合いだからわかる。
 今のこいつはおかしい。
 「わかった。お言葉に甘えるよ」
 「そ、そうか。んじゃ、昼飯は食堂で食うからな。やべ、先公がきたみたいだ、それじゃあな」
 言いたい事だけ言って鮫島は自分の席に戻っていった。
 「相変わらず忙しい奴だ」
 まあ、根は悪くない奴だから。
 口は悪く、外見も不良の格好をしているが仁義に厚く弱いものを見捨てておけない性格をしている。
 小学校の頃の将来の夢はずばり「正義の視方になる事です!!」と自信満々に答える奴だった。
 それが何が間違ってか不良の格好をしだし、言葉遣いまで変わってしまった。
 周りは酷く驚いたと思う。
 それまでの奴は真面目で、そんなことをするような奴ではなかったから。
 「じゃあ、出席をとるぞ~」
 担任のいつもの出席確認が始まった。
 思い出に浸るのはここまで。
 頭を切り替えて、勉強に集中しよう。
 自分の名前を返事して鞄から一時間目の教科書を取り出した。
 
 4時限眼の終わるチャイムが鳴る。
 「ふぅ…中々興味深かった」
 それはさっきやっていた古代史の授業。
 内容は神話の検証だった。
 有名な神話に出てくる英雄、その起源、その生き様を淡々と説明していく。
 それは皆には退屈な授業かもしれない。
 だけど、僕には本でしか知らない知識のほかに先生の独自の見解を聞けて楽しかった。
 こういう授業なら、毎日でもしたいぐらいに。
 「おい、神藤。ささっと食堂に行くぞ」
 ノートと教科書を仕舞っていると隣には鮫島が立っている。
 「ああ、食堂に行くんだったね」
 「おいおい、もうボケが始まったのか? さあ、早く行かないと席埋まっちまう」
 とりあえず片付けるのは後にして、言う事を聞いた方が良いみたいだ。
 僕らの学校にある食堂は人が一杯居る。
 普通は学食といえば安さを追求して、味はよろしくないものだ。
 だけど、うちの学校は違う。
 食堂のおばちゃんは本格シェフで料理に拘りをもっていた。
 作る料理は絶品で、そこらの店に負けていない。
 驚くのが、それだけ美味しくて学食の値段という事。
 美味しい料理を若い人にというおばちゃんんの粋にな計らいによるものだ。
 僕としては赤字じゃないのかって思うぐらい豪勢なんで心配になってくる。
 「さあ、着いた。俺が買いいくから…お前は…席取っておいてくれ」
 ぐるりと辺りを見回してから鮫島は言った。
 このまま二人で並んでいたら間違いなく席に座れない。
 「席取りは引き受けた」
 早速空いてる席を探し始める。
 「ってお前は俺のと同じで良いな?」
 遠くから大声で鮫島は食べたいものを聞いてくる。
 「任せるよ」
 「あいよ!!」
 こんな所で大声出したら恥ずかしいという考えは彼にはないらしい。
 前もって聞いておけばよかったのにな。
 っと席を探そう。
 前列にあるテーブルは全滅。
 その右も、左も、後も同じ。
 「やっぱり、ないのかな」
 諦めかけたところで、ちょうど空いているテーブルが眼に入った。
 「よし、あそこにしよう」
 誰かに取られる前に僕は持てる速さで空いている席を目指した。

 「ほい、お前の奴」
 「ありがと」
 手渡されたのはAランチ。
 日替わりで変わる天と地の差があるランチだった。
 今日の奴は…トンカツとラーメンとエビフライとチャーハン。
 「うん。今日もアンバランスだ」
 「おいおい、これが良いんだろう?」
 口元を歪まして微笑む鮫島はどこか誇らしげだった。
 まあ、フライ系とラーメンは合わないと思うのは間違いなのかもしれない。
 その証拠に目の前で美味しく食べられたら僕の考えが間違ってると思うから。
 しばらく食べる事に集中する。
 「で、話は何だ?」
 「よく、気付いたな親友よ」
 ここまであからさまにご飯に誘われれば誰でも気付く。
 「僕の思う所、相談される事はないんだけど」
 「それは…だな…。話せば長くなるんだが」
 うーんと顔を上に向いて何かを考える親友。
 それから五分が経過。
 「で…その話を聞かせてくれないと相談にも乗れないぞ」
 「よし、わかった。話そう…その内容は」
 とそこで。
 「あ~!! 鳴海、良い所にいるじゃん!!
 おぼんを持った姉さんが現れた。
 その後には微笑む正木さん。
 それを見つめる鮫島。
 さて、嫌な感じになってきた。
 「良かった、あんたが居てくれて助かったよ。そうだよね、美香?」
 「うん、私達どこに座るか探してから」
 ありがとうと笑顔で話す正木さん。
 そんな自然に出た笑顔なのに…凄く綺麗だった。
 「えっと、喜んで貰えて良かった」
 「神藤君は、こういう時には頼りになるね」
 「そ、そうかな? 僕は、そう思わないけどな~」
 はははと二人で笑い合う。
 「何が…僕はそうは思わないけどな~かな? 私の時と態度が違うくない!?」
 「そうですよ、雪希さん。神藤君、いつもと違うじゃないか」
 僕はいつも通り何だけど。
 「そうかな? 姉さんにも鮫島にも普通だろ?」
 何を言っているんだか。
 折角正木さんと二人で話していたのに。
 「それより、鮫島話は何だ?」
 「うっ。それは…ここでは不味い」
 「え?! 何の話、私でよければ聞くよ!?」
 「姉さんには関係ない。これは男同士の話だから」
 全く何か面白い話だと、すぐに食いついてくるんだからな。
 これで痛い目に遭ってもこりないんだから大したものだよ。
 「もう~、鳴海は姉さんを立てるというのを知らないか?」
 「それが立てる時と場合は僕も把握してる。だけど、今は…その時じゃない」
 鮫島だって僕とだけなら話したかもしれない。
 でも、ここで話せないという事は聞かれたくないんだ。
 この二人に。
 「ん~? 何の話かな」
 ゆっくりと自分の食事を食べていた正木さんが会話に入ってくる。
 「それじゃあ、俺用事あるから。またな」
 食べ終わった食器を片付け席を立つ鮫島。
 「お…い」
 「……」
 声を掛けようと視線を向けて動きが止まった。
 その眼には、何も言わないで行かせてくれと伝わってくる。
 ここは何も言わず行かせてあげよう。
 「どうしたのかな? 鮫島君」
 「そうだね、何か急いでたみたいだよ?」
 顔を見合わせて疑問そうに首をかしげる二人。
 僕の方は残ったおかずを食べる事にした。
 三人とも食べ終わり雑談に花を咲かせる。
 もっとも二人が一方的に話してるんでそれを見てるだけだが。
 「全く、最近の勉強は難しいんだよ。もう少し優しく出来ないのかな~」
 「雪希は全然勉強せずに寝てるからね~、そりゃ辛いわ~」
 「私だってしたいんだよ! でも、身体が言うんだ。ここで勉強するより安らかに寝ようって」
 「だから、万年ドベ何だね」
 ガバァーっと机に突っ伏す。
 もはや何も答えたくないみたいだ。
 「神藤君は、雪希に比べて頭良いよね」
 「そうかな。僕は普通に復習して、教科書を読み返しただけだけど」
 「それで、学年10位入れば大したものだよ」
 そういえば前回の試験では、そんな順位だったような。
 あまり興味がないから覚えてないみたいだ。
 僕には試験とか学力とか意味のないものだって思ってる。
 学校で覚えた知識は社会では役に立たないものが多い。
 それが分かってるからこそ皆勉学が好きじゃないんだろう。
 僕は勉学というよりも新しい知識を得る事に楽しさを感じている。
 だから自然と勉強しているのかもしれない。
 「神藤君は…何だか大人だね」
 少し寂しそうに正木さんは呟いた。
 さっきまでの笑顔ではなく何だか辛そうだ。
 「僕が大人?」
 「うん。何だかいつも物事を一歩引いて見てるから」
 「ははは。そんな事ないよ。ただ皆の輪に入れないだけさ」
 「そうだね。神藤君一人で居るの多いから雪希心配してたよ~」
 「姉さんが?」
 それは初耳だ。
 姉さんが僕のことを心配してくれるなんてありえないと思ってた。
 「美~香~。聞こえてるわよ!!」
 「ひぇぇ、聞こえてたの!?」
 「それは言わない約束でしょうが!!」
 ガオーっと吼えんばかりの佇まい。
 正木さんは既に逃走中。
 「待てー!! あんたは許さないから~!!」
 もう頭に血が上って辺りが見えないみたいだ。
 怪我しない事を祈ろう。
 「誰も居なくなったな」
 今座っているのは自分だけ。
 食堂は相変わらず学生が一杯いて賑やかだ。
 そんな光景を遠い眼で眺めながら思った。
 僕には相容れないと。
 居るべき場所じゃない。
 昼休みは、その後何もする事が無く終わってしまった。

 最後の授業が終わる。
 さっきまで授業をしていた先生と入れ違いに担任が慌しく入ってきた。
 「よし~、この後先生は職員会議があるから手短に終わるぞ。連絡事項は…早く帰ること。以上」
 脇目も振らず一目散に教室から出て行く。
 何かあったのかな。
 あそこまで焦ってる先生は珍しい。
 職員会議があるという事は何かあったという事。
 それも号古語でやらなければならない程のことが。
 「さて、帰ろう」
 ここで僕が考えた所でなにもかわらない。
 廊下側の席を見る。
 「鮫島…帰ったんだな」
 そこには既に主が居なくなった机と椅子があるだけ。
 今日の事について色々聞きたかったんだけど。
 いないなら別の機会にしよう。
 帰る準備も終わったので教室を出た。
 窓から覗く夕陽に照らされながらグラウンドでは元気に走り回る野球部。
 端っこの方で黙々とメニューをこなしているのは我が校が誇る陸上部。
 その中には勿論姉さんも、正木さんもいる。
 ここからでは、誰が誰までは判別出来ないけど皆楽しそうにしているのは間違いない。
 窓から視線を外した。
 これ以上見てたら本当に日が暮れる。
 さあ、早く帰らないと。
 元気な声を背に下駄箱へと急いだ。
 
 帰り道商店街に寄って行く。
 そろそろ食材が切れ始めていた。
 姉さんは部活の後は買出しに行く元気もないし。
 なら、ここは僕が買うことになるのは当たり前。
 「今日は…良い肉が手に入った」
 滅多にない肉のタイムサービス。
 ちょうど居合わせたのは幸運と言わざるおえない。
 最近部活を頑張っている姉さんに栄養でも取って貰おう。
 帰り際におかしを買うのも忘れない。
 これがあるととないとでは雲泥の差だから。
 「さて、何を作ろうかな」
 家に帰り間姉の喜びそうな献立を考えるのに悩まされる事になった。

 「よし、これくらいかな」
 だいたいの下準備を終わらせる。
 あとは火に掛ければ完成。
 時刻は17:00.
 夕食までには時間がある。
 「洗濯物と、掃除をしておこう」
 出来るときに、こういう事をしないと溜まる一方。
 明日しよう、明日しようは単なる逃げだ。
 今ではほとんど家事全般は僕の仕事になりつつある。
 それも仕方ない。
 疲れて帰ってくる姉さんに家事は出来そうにないから。
 そんな状態で無理やりさせても成果は上がらないし。
 かえって逆効果かもしれない。
 ここは家族である僕が助けないとね。
 こうして貧乏くじを引いているんだからたまらないな。
 あらかた片付けてテレビのスイッチを入れた。
 ブラウン管の向こうで機械的に話すキャスター。
 淡々と今日の出来事、気になる世界情勢。
 それは駄目だと語る専門家のお偉いさん。
 特集では低年齢化する少年犯罪についてピックアップされていた。
 「今の時代10歳で人殺しだからな、物騒な世の中になってしまったんだな」
 最近の事件として、どこかの県であった少年殺人を取り上げて話し合っている。
 やれ、家庭環境が悪かった。
 実は昔からおかしかった。
 近所の人の話では…など等。
 好き勝手に自分の言う事が絶対の正義みたいに話している。
 僕は、ここで言う人達はあまり好きじゃない。
 何かから見下して物事を捉えてる人達。
 それじゃあ、いつまで経っても物事の本質は見えてこないから。
 相手と同じ視点に立ってこそ初めて本質が見える。
 上からの視点と下からの視点はいつも同じだと限らない。
 大抵は上の意見が通るのが常識。
 相変わらず激しい激論を交えている専門家達。
 いい加減見るのも辛くなってきたのでスイッチを切ろうとした時速報がテロップで流れた。
 "今朝……で殺人事件があった模様。死体はバラバラで現在創作中との事。詳細がわかり次第随時お知らせします"
 自分の言った意見を完膚なきまでに打ちのめされる専門家。
 その上で流れるテロップにはバラバラ殺人と確かに書かれていた。
 「そんな……」
 僕は、さっき流れたテロップが信じられない。
 そこに出た地名は僕達の住む町だった。
 しかも、続報では今回で二度目だったと急遽キャスターが伝えていた。
 一度目は事件が大きくならない為に警察が黙っていた。
 だが、それが裏目に出て今回の事件に繋がったらしい。
 何だか……酷く嫌な予感がした。
 言葉では言い表せない感じ。
 犯人はまだ捕まっていない。
 それにキャスターの気になる言葉。
 バラバラにされた死体の切断面。
 これは何か強い力で無理矢理引き裂いたもの。
 およそ人間の力ではない何かの仕業だと青ざめた顔で漏らしていた。
 ここでいう人間ではない力とは何なのだろうか。
 まずは妖怪。
 次に悪魔。
 最後に地球外生命体。
 僕としては最後の地球外生命体であってほしい。
 これが一番説明的に納得出来るものがある。
 上の二つになってくると本やゲームの中でしか出てこない世界になってしまう。
 「そんな…非現実的な事あるわけないさ」
 一瞬FT世界を想像して頭を振る。
 あるわけない。
 あってらおかしい。
 自分に言い聞かせるように僕はテレビのスイッチを切った。

 「おお~、今日の晩御飯は美味しい!!」
 「そうかな? そう言って貰えると作った甲斐があるよ」
 口一杯に熱々のお肉を頬ぼって次々に料理を食べる姉さん。
 よっぽどお腹が減っていたのか食べる量が尋常じゃない。
 5人前は作ったであろう料理は、気付けば…酢豚を残すのみになっていた。
 「良く食べるね、今日は」
 「まあね、明後日が試合だからね~。毎日燃え尽きるぐらい燃焼してるのさ」
 最後の一切れを名残惜しそうに食べる。
 僕の方は最初食べただけで後は呆然と眺めることしか出来なかった。
 「試合か、新記録狙ってるの?」
 「う~ん、それは違うかな。ただ一生懸命になれる奴が短距離だけだから。これだけは、誰にも負けたくないんだよね。記録とか賞は
 ぶっちゃけ私は興味ないな」
 「そうなんだ。初めて知ったよ、姉さんが賞とか記録を関係なく走ってるなんて」
 「言ってなかった? うーん、あんまり人に言うものじゃないしね」
 そうやって笑いながら話す姉さんは普段とは違い上機嫌だった。
 いつもはご飯食べて、お風呂に入って寝るだけで僕にはあんまり話しかけてこない。
 「鳴海こそ、最近は読書ばっかじゃん。昔みたいに弓は引かないの?」
 「今は読書が楽しいんだ。それに弓は僕には向いてないよ」
 「言ってくれるね~、唯一私があんたに勝てなかったのは…その弓道なのにさ。私から見ても良い線いってた思うけどな」
 確かに集中力じゃ普通の人に負けないと思う。
 姉さんが言うように良い線をいっていたのは間違いない。
 人より的を当てるのも上手かった。
 ミスをするのも少なかった。
 じゃあ、何故弓をやめたのか。
 視えてしまった。
 自分の限界というものが。
 何か欠けたまま放つ射。
 それが正しいと思ってやってきて。
 上手くなればなるほど、間違いに気付いた。
 自分には何か足りない。
 それには力も含まれていたと思う。
 だけど根本的な何かが僕には欠けていた。
 それが、はっきりと感じれたとき…僕の手には弓は握られる事はなくなった。
 「まあ、僕には向かなかったんだよ」
 少し苦しい言い訳をする。
 誰が見てもわかってしまう嘘。
 「鳴海が…そう言うなら何も聞かない。あんたは…分別が私と違ってちゃんと出来るからね」
 「姉…さん」
 「それじゃあ、私風呂入ってくる。……覗くなよ?」
 「ぶ!!」
 「じゃあね~」
 いつもの軽い調子で風呂場に向かっていった。
 「……」
 あの時見た顔は少し悲しそうだった。
 僕が分別が出来るから何も聞かない。
 それはどこか自分で自分を傷付けている言い方に聞こえた。
 聞きたいのに聞けない。
 そんな苛立ちを隠している。
 でも、それが自分の所為だから悲しくなる、
 こんな堂々巡りなのかもしれない。
 「さて、食器片付けよう」
 散らかされた食器を台所に持って行く。
 結局最後の最後まで僕がさせられてしまう。
 そういえば誰かが言った。
 片付けも料理のうちだと。
 全く上手い言葉だと思う。
 そう心で思いながらいつもより多い食器を洗い始めた。

 


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